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上目遣い

​夜が明けたばかりに目が覚めたから、少し感傷的になっていたのだと思う。まだ規則的な寝息をたてている色男をぼうっと眺めること数秒、イギリスは布団に潜り込むと隣国の心臓近い胸元に唇を寄せた。それは本当に、ただ素肌へぴたりと薄い皮をくっつけるだけの何てことのない動作。イギリスの唇には、やはり規則正しい鼓動が温度と共に伝わってくる。布団の中は二人ぶんの温もりで満ちていて、ずっとこうやって互いが包まれていれば、自ずと世界平和も訪れるんじゃなかろうかと思考を明後日の方向へ飛ばした。
……この男が目を覚ませば、そんな子どもじみた憂いも綺麗さっぱり晴れ現実主義の己を取り戻せるのに。そう、イギリスがロマンチストでいるのは夜の間だけ、朝日が昇れば夢から醒める。そのはずなのに、今日はどうも調子が悪い。
「……なぁにしてんの」
不意に布団が捲られ、まだ寝ぼけ眼のフランスに姿を見つけられてしまった。覚醒しきっていない紫の瞳を前にバツの悪い心地になって離れようとする。しかし、それは背中に回された腕によって阻止されてしまった。
「うわっ、何すんだバカッ」
「ぶふ、それ凄んでるつもり?」
こちらとしては精一杯睨んだつもりでも、フランスから見れば上目遣いに映るのだろう。鮮やかになっていく隣国の瞳にどこか安心を覚え、その事実が無性に腹立たしくなって視線を逸らした。
「……朝から暴れたり拗ねたり、忙しいねお前」
「誰のせいだと思ってんだ」
「うーん、お前ってほんと……」
また眉が太いことでも馬鹿にするつもりかとイギリスが身構えれば、突然布団が翻り目を回しているうちに見上げればフランスがいた。それからイギリスのまとまりのない金髪を更にかき混ぜられ、抗議に出る前に口付けられる。
「……びゃかーっ!」
「うわ、久しぶりにそれ聞いた」
動揺のあまり呂律が回らず間抜けに叫ぶ痴態を晒して、イギリスの顔は見る見る赤く染まっていく。それにしたって、全部が全部この男のせいである。反撃にと頬に沿って流れているフランスの金糸を引っ張ってやった。
「痛いっ、仕返しにしたって野蛮じゃない!?」
「黙れ、お前が変なことするからだろっ」
「……あの、俺たち昨晩あっため合った仲ですよね」
視線をまた背けようとすれば両頬をフランスのそれぞれの手に挟まれて阻まれる。いくら怒りを込めて睨もうと隣国は殊更愉快そうに口の端を吊り上げるのみだ。
「だからさぁ、いくらお前が睨んでも、頭で俺のこと考えてる以上……」
イギリスの頬をぐにぐにと手のひらで揉みながらフランスの表情は段々柔らかい微笑みの形になっていった。それをイギリスは無防備に観察する。
「上目遣いでおねだりしてる、かっわいい子猫ちゃんにしか見えないよ」
「こっ……! だ、誰が子猫ちゃんだバカー!」
外は生憎の曇りだし、カーテンはまだ開いていないので。まだもう少しだけ、ロマンチックに染まっていようとイギリスは再び降ってくるキスに備えて目蓋を閉じた。


end.

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