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​宝石

いっとう高いところへ飾られた、特別硬くて鋭い石のよう。
何者にも染まらない気高い紫を、昔イギリスはそう心中で表現していた。遍く人々から祝福を受け、尊ばれるべきもの。だからこそアレは誰のものにもならないし、博愛精神とやらを掲げて結局は誰も愛さないのだ。そして当然、誰かはあの男に愛を求める。ここで突き放す男であればまだ気高いままでいられるが、男は「愛して」と云えば容易に「いいよ」と応えるやつであるから性質が悪い。
その様子をイギリスは唾を吐きながら何度となく目にしてきた。何故かはよく知らないが非常に迷惑なことに頻繁に出くわすのである。その男……フランスは、実はイギリスの初恋の君であったのだが、それは遠い遠い昔の話であったし、そもそもイギリスが奪ってまで欲しいと思ったのはその瞳だった。けれどあの両の目から抉り出し、手の内で転がしても紫色の輝きは真価を発揮しないだろうと思った。容姿端麗な割にあの男もよく表情を変える。意地悪に細まる目尻や得意げに鼻を鳴らす時に上がる眉、負け惜しみを吐いている時の睫毛の震えがなくては意味がないことをイギリスは知ったからだ。
思えばそれは美術品に求める要素ではなく、彼が彼らしくある上で瞳の煌めきを重要視していただけ。イギリスはフランスに恋をしていた。それももう、クローゼットの最奥にきちんと畳まれてしまった想いだけれど。



いっとうひんやりとした地底に眠る、特別脆くて繊細な石のよう。
妖精の国から迷い込んでこちら側に出てきてしまった、とでも言い出しそうなぽかんとした間抜け面を見て、フランスは始めそう思った。何処へ行ったって溶け込めやしない異物じみた存在感にフランスはまず同情した。可哀想に、きっとコイツの運命はさぞかし不幸なことだろう。ご丁寧なことにイギリスの未来まで案じてみせて、フランスは人の世で通用する生き方をその翠色に教え込んだ。栄養は口から補給するもの、会話は顔を合わせてするもの、見た目は美しくあるもの。
イギリスが地底に還らずに済むように、フランスは懇切丁寧に指導し続けた。結果フランスの腕を掻い潜り大陸を踏み荒らせるほど巨きく育ってしまったが、それはフランスのせいではきっとない、と彼は思っている。大体放任主義なのだ、周囲の迷惑など知ったことではない。
一度だけ、あの神聖な森の空気を吸った翠色を抉り出そうとしたことがある。手に残る宝石もまた一興ではあったが、フランスが見たかったのは神秘を失った彼の、両の目のウロだった。彼から神聖さを奪えば、後に何が残るのたろう。何も残らなければいいと本気で思った。フランスはイギリスの総てが欲しかった。けれども思いとどまったのは、たぶん良心が咎めたせいではない。それでも愚直に気配を探ってこちらを見上げてくるであろうイギリスを目にしたら、己の正気を盗られる気がしたからである。フランスは、フランスのままでイギリスを征服したかった。
あの時の背筋の震えを、フランスは未だ覚えている。

「お前は、どこまでも自分が大事なんだな」
さっきまたひとり飛び出していった方向を姿が見えなくなるまで見送った後にイギリスは振り返ると、フランスへ呆れてみせた。
それからフランスは形良く笑う。
「だって、それも愛でしょ」

 

​end.​
 

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