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花束

 

それは本当に偶然の思いつきで、だから前もって考えていたとかそういうわけではなくて。

「……」

毎度お馴染みの、誰が聞くわけでもない言い訳を脳内で駆け巡らせながらイギリスは如何にも複雑めいた表情で片手に握り締めているラベンダーの花束を見つめた。おかしなことにその花束は光が当たる角度によって輝き方を変え、イギリスの張り詰めた顔を眩しく照らす。……そのラベンダーは、全てガラス細工で出来ていた。途中立ち寄った雑貨屋で購入した花束の純真な姿にイギリスは軽い目眩を覚える。何だか動悸も激しくなってきて、いよいよもって帰りたい欲求が強まってきた。それなのにどうして、この足は意思とは反してあの男の自宅を目指しているのか。

「……最悪、これを渡さなければどうということはない……はずだ」

カレンダーが四月八日を記しているその日、イギリスは有給を取っていた。それは毎年どうにかしてこじ開ける一日で、隣国はイギリスの意図を汲み取るかのように電話を入れてきた。せっかくの記念日なのだから、二人でささやかなお祝いをしよう、という決まった内容で。始めは机上で取り決められた気休めだったとしても、それから百年も過ぎれば見方も改まるというものでいつからか「記念日」と呼ぶことに前ほど抵抗を感じなくなっていった。

……しかし、である。これまでイギリスが贈ってきたものの殆どは実用性を優先したものばかりで、ガラス細工の花束といった小洒落たプレゼントは今まで一度も贈ったことがなかった。会議の席でこれでもかとイギリスを煽る発言をしてくるフランスが、こんな贈り物をされてからかわないはずがない。だからといってここで引っ込めてはまるで戦う前から負けを認めるようで悔しい。イギリスは意を決し、平静を装ってベルを鳴らす。直ぐにフランスと分かる軽やかな足音が段々と近づき、扉が開かれた瞬間にイギリスは手の中のものを突き出した。

「アロー、ぼっちゃ……ん?」

突然何かを胸元に押し付けられたフランスは一瞬戸惑ったような声を漏らし、それからまじまじと真下の花束と視線を上げた先にあるイギリスの顔を見比べる。

「ええっと……これは」

「そんなの見れば分かるだろ!」

「いや、挨拶も無しにいきなり押し付けたどころか怒鳴るってお前ね」

照れ隠しが最も不器用な隣国に呆れ、またフランスは紫紺の瞳の奥にちらりと言語化の難しい年季の入った愛情を覗かせた。

芳香の代わりに広がる見事な煌めきに心にまで光の筋が沁みていく。

「……おい、何で無言なんだよ。クソ、気にいらねぇなら返せよ髭……!」

「ダメですぅ、もうこれは、俺が貰ったんだから」

「は……って、うわっ」

玄関先だろうが知ったことか。フランスは隣国の隙を突いて腕を引き寄せ、思いきり抱き締めた。自身の腕の中であっぷあっぷしているイギリスを感じながらこれでもかと身体を密着させる。

「イギリス、お前は花言葉とか知らないだろうから教えてあげる」

花に意味を見出そうとしたのは人間で、だから花言葉にきっと根拠はない。けれど、それらは愛情に満ちていた。だって、誰でもその花に意味を与え、唇の代わりに愛を囁く術を行使できるのだ。例えばこんな、不器用な男のために。

「ラベンダーにもたくさん意味があるけれど、俺は中でもこの言葉が気に入ってるよ」

 

許しあう、愛。

かつてあの始まりの森で秘め事を交わした時のように、未だにその面影を持つ隣国に耳打ちをする。途端分かりやすいほど耳が真っ赤に染まってフランスは大声で笑うつもりがつい優しく微笑みなんてものを浮かべてしまった。

 

ふと、イギリスの背中へ回されているフランスの手の内に包まれたラベンダーの花束からメッセージカードがはらりと花弁のように溢れ落ちる。

そこには、あろうことかイギリスの筆跡でしっかりと花言葉が綴られていた。

end.

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