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キス

 

半年前、イギリスはアメリカから告白を受けた。イタズラをした後の種明かしとかではもちろんなくて、正真正銘の愛の告白である。卑屈過ぎる悪癖を持つイギリスの内面を良く理解しているからか、アメリカはスタンダードで、しかしより効果的な言葉で想いを打ち明けた。

「君が好きだ」

「だから、俺の恋人になって」

この経ったの二言と、イギリスの手を握りしめた生身の温度は結果的にあのイギリスを頷かせたのだった。

 

恋人になってからもアメリカからの接触は精々人のいない所で手を繋いだりする程度で、これでは恋人になる前とどう違うのかイギリスには判断しかねる。これまで長い時を過ごしてきたイギリスとて同性との交際経験はほぼ無いに等しく、どう触れ合えばいいのかは良く知らないがどこかむず痒い心地がする。イギリスがアメリカに抱く感情は徐々にだけれど明確な恋心へと変化しつつあるのに、これではイギリスばかりが青い春に立ち返されたようでもどかしい。

……と、長々と言い訳を並び立てたが、その実イギリスはアメリカとキスがしたいだけである。こんな事を彼の宿敵たる隣国の男が小耳に挟もうものなら奴は散々笑い転げ回ることだろう。

酒の力には出来るだけ頼りたくなかった。何故だかは歯切れよく言える気がしないが、とにかく初めては素面がいい。どれだけ厚い皮で被おうとイギリスはロマンチストであった。

 

「どうかしたのかい、イギリス」

「えぁっ、な、……何がだ」

「君のその様子だよ」

アメリカの別宅であるマンションにて、黙考を重ねて難しい顔になっているイギリスにアメリカは不思議そうに瞬きをした。両手にはそれぞれマグカップが握られていて、その内片方をイギリスの手前に置く。中身はインスタントのコーヒーだ。アメリカを取り巻く匂いに囲まれてイギリスは心中息も絶え絶えになる。だってこんなの、意識するなという方が酷だ。

「言いたいことがあるならちゃんと話してよ。誰が決死の覚悟で告白したと思ってるんだい」

「その割には緊張してなかっただろ」

「まさか」

カップを口元まで運びかけていたアメリカはそこで顔を上げ、心なしかムッとした顔でイギリスを見やる。

「君を引き止めようとした時の筋肉の強張りまで、俺はまだ覚えてるんだぞ」

「……なんだそれ」

さすがに誇張ではないかと呆れる。確かにアメリカは、スキンシップが得意な男ではないが。

「まだ疑ってるだろう」

「……よく分かったな」

「君は、俺にどうして欲しいんだい」

不意に核心を突かれ、ソファに肩肘をついて投げやりに会話をしていた身体がその体勢のまま固まる。今か、言うなら今なのか。マジか。

……試練とは、突然襲ってくるものである。そうしてそれらは、その時に越えなければ後にもっと高い壁となって立ちはだかってくるのだ。経験則でイギリスはよく心得ていた。

「……したい」

「何だって?」

「キス、したい」

お前と。視線を合わせられるワケがなく、何の変哲もない床の一点を見つめながら呟く。語尾はもう殆ど掠れて聞き取れないくらいの音量だったのに、アメリカはそれを正しく拾った。

「いいよ」

永遠の静寂を破るが如き発された返答はごく短いもので、恐る恐るアメリカの方を窺おうとしたイギリスの顔はその瞬間に固定された。

「……っ」

思わずといった程で目を瞑ったイギリスの輪郭をアメリカの硬い指がなぞる。それから眼鏡を外す最小限の物音がして、ようやくイギリスの唇へアメリカのそれが触れた。ああ本当に、若返ってしまったかのよう。ただ触れ合うキスだけで、どうしてこんなに脳が痺れる心地がするのか。特別なことは、何一つしていないはずなのに。

そっとまぶたを持ち上げると、見たことのない複雑な表情でアメリカがイギリスの翠色の瞳を見つめていた。

「……死にそう」

「は……?」

「二百年だぞ」

君に片想いし続けた年数。

拗ね気味な声とは裏腹に、逆上せたように熱くなった頬がイギリスの鎖骨に擦り寄る。こっちだって心臓が喉から飛び出そうなくらい心臓が煩いんだからな、とイギリスは心中で対抗した。

「俺とくたばって、イギリス」

「言われずともくたばりそうだよ……バカ」

誰からともなく指を絡めあい、それから二度目のキスは案外早く訪れた。

 

end.

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